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HBO版「ウォッチメン」感想と論考 〜誰が見張りを見張るのか?〜

ウォッチメン」は、2019年に米HBOが放映したテレビシリーズ。ショーランナー(制作総指揮)はデイモン・リンデロフ

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このHBO版「ウォッチメン」は、原作であるコミック版のストーリーを基に34年後の世界を描いた、いわばリミックスとでもいうべき作品。

めちゃくちゃ乱暴に言い切ると、原作者による正当な続編ではなく、ファンによる二次創作みたいなものということも可能な作品である。

 

しかし、この作品がすごいのはそうしたファンの声を一発で黙らせることが可能なくらいの圧倒的なクオリティの高さ。

原作で描かれていた、人々の冷戦に対する恐怖を現代的にアップデートし、アフタートランプの時代に表面化した既得権益を守りたい白人層と有色人種の対立という問題に直面しているアメリカを見事に描き切っている。

二次創作的でありながらも、「ウォッチメン」という作品に新たな価値を与える素晴らしいテレビシリーズだったと言えるだろう。

1シーズン完結の全9話という近年の傾向に反しての少なめのボリュームである分、無駄なシーンは一切なし。

全ての伏線を最終話までにしっかり回収してエンディングを迎えていったそのあまりのスマートさに、ショーランナーであるリンデロフの底知れない才能を感じざるを得ない。

単なるアメコミ作品にとどまらない大きなスケールを持つ作品なだけに、ファンだけでなくポプカルチャーを愛する全ての人に見てもらいたい。

 

ちなみに…

この作品を鑑賞する際には原作の知識があることが必須。

原作の知識を得るには、

1. 原作コミックを購入する(大体3000円程度)

2. 2009年の実写映画を見る(視聴方法によるが100〜300円程度)

映画版は原作と少し話の展開が違うため、コミック版を基にしているドラマ版を見る際に少し混乱が生じる可能性がある。

よって方法としてはやはり前者がベターだが、まあどちらも大差ないので時間の余裕だとか、お財布とも相談して決めていくといいと思う。

 

以下、ネタバレも交えた論考を書いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜ここからネタバレ〜

 

 

 Who will watch the watchmen? (誰が見張りを見張るのか?)

見出しに掲げた文章は、ウォッチメンシリーズ全体を通しての最も重要な主題として知られている。

これは「強大な力を持つ正義の味方を、一体誰が監視するのか?」という意味であると筆者は解釈している。

ウォッチメン」では大きく分けて3つの時代が描かれている。

1つ目の時代は第二次大戦あたりの30年代後半〜50年代前半にかけての「ミニッツメン」が活躍した時期。

この時期における「見張り番」は、これは言うまでもなくフーデッド・ジャスティ(ウィル・リーヴス)。白人至上主義者が蔓延る警察という組織を「見張って」いたのは彼である。

2つ目の時代は、原作の舞台でもあった1985年。

この時期における「見張り番」は、ロールシャッハであることに異議を唱える人はいないだろう。エイドリアン・ヴェイトの隠れた陰謀を監視していたのは彼に他ならない。

そして3つ目の時代は今作の舞台となっている2019年。

この時期における「見張り番」を決めるのは少々難しい。真実に迫ろうと実際に動いていたのはアンジェラ・エイバーとローリー・ブレイク(2代目シルク・スペクター)である。しかし、最初から全ての真相を知っていて影で手助けしていたのはジョン・オスターマン(Dr. マンハッタン)とウィルの2人であることから、彼らをこの時期における「見張り番」と筆者は認定したいと思う。

 

これらの3つの時代における「見張り番」たちの共通点は、何らかの方法を用いて常にその正体を隠していること。そして、報われないことである。

しかし、今作においてはこの全ての「見張り番」たちが最終的に報われる(または、報われたと解釈することができる)という希望のあるラストになっている点が興味深い。これに関しては次項に引き続いて詳しく書いていこうと思う。

 

 

 34年越しに報われたロールシャッハ

原作においてとりわけ悲劇のヒーロー的なラストを迎えるのがロールシャッハ

そんな彼は今作では右翼団体のシンボル的な扱われ方をされており、どこまでも損な役回りであると改めて感じる。

(彼自体は右翼的思想の持ち主であり、「ロールシャッハ記」を送った宛先も右翼系メディアであることは原作で描かれているが、2019年での扱われ方は彼の本意ではないだろう)

今作におけるロールシャッハ的な役割を演じているのは、ウェイド・ティルマンことルッキングラス。エイドリアン・ヴェイトの陰謀に関する情報を手に入れ、その直後に殺意を向けられるという点では両者は一致している。

そして共通点はそれだけではない。「マスクの下で感じるのは恐れと痛み」という、最終話でのウィルの言葉にもある通り、両者とも重いトラウマからマスクを被り顔を隠しているのである。覆面ヒーローたちの中でも特に彼らはマスクを脱ぐのを嫌がっていたが、これは決して偶然の一致ではないだろう。

 

ただウェイドがロールシャッハと違うのは、死の危機を自力で乗り越えた点。

彼は第7騎兵隊に潜入し、チャンスを伺っていたのである。そこで彼がロールシャッハのマスクを被っていた姿は、34年越しの彼の願いを継ぐという決意表明のように筆者には思えた。(おそらくウェイド本人は無自覚であるだろうが)

最終的にウェイドはエイドリアン・ヴェイトの逮捕という本来なされるべきだった正しいことをローリーと共に成し遂げ、ロールシャッハの悲願を実現させることに成功した。(これは恐らくローリーにとっても長年の願いだったに違いない)

最初の「見張り番」であったフーデッド・ジャスティスことウィルは、こちらも長年の悲願であったサイクロップス(第7騎兵隊)の野望を打ち砕き、生き別れていた孫娘との和解も果たすことができた。

そしてジョンは、これまでの誰よりも誠実で勇敢な恋人に見守られて最期を迎えることができた。

先程書いた通り、これまで報われなかったキャラクター達が最終的にはハッピーエンドを迎えることができたのである。

このHBO版「ウォッチメン」は、ティーンの頃にコミックを読んで以来長いこと「ウォッチメン」の制作に興味を持っていた熱心なファンによる、キャラへの愛に溢れた二次創作らしい作品なのかもしれないと改めて感じた。