SMALL TALK

small talk : 世間話、雑談

Tranquility Base Hotel & Casino / Arctic Monkeys

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つい最近の5/11に配信開始となったArctic Monkeys待望の6thアルバム「Tranquility Base Hotel & Casino」が巷で賛否両論の嵐を巻き起こしています。ここまでの議論を呼んだ作品は久しぶりに見た気がします。

肯定的な人々は「深い」「音楽的教養の高さを見せつけられた」「エロい」「聴くだけでセックスが上手くなりそう」といったような意見。

逆に否定的な人々は「初期の頃に戻れ」「難解すぎる」「解散しろ」「髪を切れ」「髭を剃れ」などといった声をよく耳にします。(最後の2つはひどいなあ、と思う笑)

今回に関してはどちらの言い分も「うん、確かになあ」と理解することができるんですよね…。

自分に関して言うと、デヴィッド・ボウイの大ファンであるが故に、ミュージシャンの音楽性の路線変更という点に関しては慣れているというか拒否反応を示さない、むしろそのチャレンジ精神を評価するような頭の構造になっているので、圧倒的に「賛」なんですが、前作の「AM」が本当に大好きだったというのもあって、今回もその路線で続けて欲しい気持ちもやはりあったんですよね。しかもせっかく路線変更して、その内容が今年出たフランツ・フェルディナンドの新譜みたいに最悪だと意味が無い。兎にも角にも1番大事なのは作品の出来の良し悪しなんで。

 

というわけで、Spotifyで配信が開始されてからというもの、ひたすらこのアークティックの新譜を聴いていたんですけど、強く感じたのが

めちゃくちゃデヴィッド・ボウイだな

ということ。

この「デヴィッド・ボウイっぽさ」という単語、音楽レビューなんかでよく見る常套句のような言葉なんですけど、実はこれまでそういった音楽を聴いて「ああ、ボウイっぽいな」 って感じたことはあんまりなくて。なんかボウイを知ったかぶりしてるスノッブの決まり文句みたいな感じがして好きになれない言葉だったんですよね(笑)。お前ら90年代のボウイをろくに評価できないくせに薄っぺらいこと抜かしてんじゃねえよ、みたいに思ってしまうんです。

でも今回のアークティックの新譜に関しては、素直にその「ボウイっぽさ」というものを感じることができたんですよね。Twitterなんかでそういう感想を見ても全然腹が立たなかったし、よっぽど僕を納得させるくらいのものだったんでしょうね。

作品自体も「Tranquility Base(1969年に人類が初めて月に着地した、その地点の名称)に建てられたホテルのサウンドトラック」というコンセプトで制作されたものだそう。加えて11曲という曲数、またアレックス・ターナーの以前より演劇っぽさを帯びた歌い方を考慮すると、

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 ボウイの代表作とも言えるこの作品をひとつのロールモデルとして制作されたのかな、と思えてなりませんね。

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そもそもこのアークティックのボウイ化には予兆と言えるものがあって、それがこの動画。

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ボーカルのアレックス・ターナーのサイドプロジェクトであるThe Last Shadow Puppetsがボウイの「月世界の白昼夢」をカバーしているんですよね。動画のパフォーマンスは2016年のものですけど、この時点で次のアークティックのアルバムコンセプトをある程度固めていた可能性もなきにしもあらず。勝手な妄想ですけど。

さて、アークティックの新譜の収録曲の中で1番ボウイっぽさを感じた曲は、準リードトラック扱いとなっている「Four Out Of Five」。

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 この曲が面白いのは、スペーシーな上モノやヘンテコなメロディ、そして曲の途中の転調なんかはまんまボウイなんですけど、ビートはBPMをうんと落とした、ロックというよりヒップホップやR&Bに寄ったものとなっているところ。意識したのかどうかは分からないですけど、方法論としては「★」と似たところがあるんですよね。

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「★」についてはめちゃくちゃ長くなると思うのでまた別の機会に書こうと思うんですけど、言いたいことだけ簡潔にまとめると、この作品は世間一般で言われるような、自身の死を念頭に置いて制作された純粋な遺作なんかでは全然なくて「違うジャンルの音楽同士をデヴィッド・ボウイというフィルターを通して混ぜ合わせ、全く新しい音楽を作り出しその可能性を広げる(でも万が一死んでしまった時のために少しそれっぽい歌詞にしておくか)」という目的のもとに制作された偉大な作品なんですね。

で、今回のアークティックの新譜にも、聴いているとやはり上で書いたような性格はやっぱりあるんですよね。こういった彼らの音楽に対する姿勢やチャレンジ精神、そしてもちろん曲とか内容の良さも含めて僕はこの「Tranquility Base Hotel & Casino」に拍手喝采を送りたいのです。

欲を言えば、道半ばで倒れてしまったボウイの後を継いで、これからもどんどん音楽の可能性を広げていってほしい。まあ、僕なんかに言われなくても彼らなら必ずやると思いますけどね。

 

ただ一点だけ気になるところ。「この作品はロックンロールにとっての救世主になれるか?」という問いに対しては………うーんと言わざるを得ない。

なんか、この作品からは「自分たちがロックを背負って立つ!」という目的よりバンドの進化を優先したという印象を受けるんですよね。だってこんな高度な技は並のバンドじゃ絶対できないよ!(笑)アレックスみたいに様々な音楽に造詣が深いミュージシャンも珍しいし…。

現在のあまりにも死に体なロック界にとっては、オアシスのようにもっとわかりやすくギターがギュインギュインしている音楽を鳴らす人たちが必要なんだろうな……なんて思ったり。